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私について

苦しい時期を乗り越える

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スーパーのレジに並んでいた時のこと、レジ打ちのパートさんが自分自身の気配を消そうとするような不自然さで仕事をしていたため、私は違和感を感じました。自分の順番が来た時にそのパートさんの顔を見ると不似合いな赤いアイシャドウがまぶた周辺に塗られていて、隠してはいるけれどその奥に殴られた跡があることを見て取りました。

 

私は一度離婚しているのですが、それまでに長年言葉のDVを受けていました。そこから逃れた経験があるので、DVを受けている人をなんとなく察知することがあります。その人から発せられる一種独特の匂いとでも言いましょうか。

 

学歴が高くインテリを装っているパートナーほど、巧みなDVをします。他人が見てすぐにわかる箇所にアザを残すようなことはありません。普段は見えない身体の部分や、見ただけではわからない言葉の暴力で精神的に追い込みます。される側も、ジワジワと心が侵食されていくので暴力を受けている自覚がない場合が多いのです。

 

どのような関係性であれ、罵声を沢山浴びせかけられた人は、子供でなくとも独特の雰囲気を出しているものです。身近な人から受けている行動は日常の一部として刷り込まれますから、普通の事として扱ってしまっていて、仮に周りからの指摘があっても本人はなかなか気付けなかったりするのです。

 

そこで思い出した私事を紹介してみましょう。

 

私が二十歳ちょっとの頃にお付き合いしていた男性が、理由もなく突然一方的に「別れよう」と言ってきて、そのまま会うこともなく飛び降り自殺で亡くなりました。

 

先輩からも後輩からも慕われ、その人生は誰の目にも順風満帆に見えていました。後輩の一人が私を気遣い、私のところに何度も足を運んで状況を話してくれました。ご家族は「動機がわからない」とのことで、寸前まで付き合っていた私が自殺の原因だ!と罵っていたそうです。

 

けれども、私には他に思い当たる節がありました。彼の背中には鞭で打たれたような古い傷が沢山あったので、私がその理由を何度か尋ねました。するといつも暗い笑顔で「この事には触れないでほしい」とだけ言われたのです。

 

これで皆さんにもなんとなく察しがつきますよね。

 

私だって、今でこそ明るく快活にしていますが、これまでの人生はそんなに明るいものではありませんでした。

 

幼少の頃、私が道を歩くだけで知らない家の窓の内側から心が引き裂かれるかのような悲鳴が聞こえてくることがありました。それは友達の家に遊びに行った時でも同じで、誰なのかはわからないけれど、言葉にならない声がいつも聞こえてきたのでした。

 

私がその叫びを聞き耳を立てながらじっと一点を見つめていると、今度は私が「この子イヤ~、気味の悪い子!」などという扱いを受けてしまう事もありました。私はそんな自分を素直に「大人から見たら私は醜くて気味の悪い子なんだ」と思いました。

 

いつも心に響いてくる声も耳に入ってくる声も、あまりにも自分を傷つけるので、私は人間には心を閉ざすようになってしまいました。すると鳥や山、岩や草木や昆虫などの自然のものが私に語りかけてくるようになりました。

近くに住んでいた祖母は私のその様子に気が付いて、学校から帰ると毎日私に自由に絵を描くことをさせてくれました。祖父は祖父で私が自然と自由に戯れることのできる小さな庭をこしらえてくれました。

 

そんな祖父母から与えられた環境を活かして、私は日中は果物や木の実を採取し、四季折々の草木や虫たちと遊び、夜は真夏でも真冬でも長時間天体を眺めて幼少期を過ごしました。

 

短大に通い始めて間もない頃、髪をバッサリ切ろうと美容室に行くと隣に座っていた男性客にいきなり「その髪を切らないで、うちの巫女になりませんか?」と誘われました。

声をかけてきたのは神社の神主さんでした。そんな出会いを経て、私は巫女をすることになりました。そのうち神戸市内では引っ張りだこになり、地鎮祭や結婚式や神社のお祭りなどで忙しく過ごしました。

 

毎日のように長い時間を神社で過ごすことで、だんだんと神社境内の神様との対話が進むようになりました。お勉強の良く出来る周りの人はその声にサッパリ気が付かないようでしたが、私は閉じられていた自分の中の扉が開かれるように非物質世界を認識し始めたのでした。

 

その翌年に突然起こった阪神淡路大震災で、周りの皆が生きていたとしても一瞬で住む家や日常生活をガタガタと失いました。私は巫女として復興に携わることとなりますが、丁度その頃に夢中で読んでいた本にも書かれていたように「信仰の違いを超えて統合される」という人類の願いが震災の復興を通して実現したかのようでした。

 

人生のサバイバルはそれだけでは終わりません。就職氷河期にも当たった私は就活で140社落ちました。やっと内定を得た会社に勤めたものの、その後も周りでの他界ラッシュが続き、お葬式ばかりに足を運んでは遺品が並ぶ部屋で幽霊と語り合いながら過ごした回数のなんと多かったことか…

 

そんな20代を過ごし、30代を目前に現実的で内面の図太い感じの男性と結婚したものの、最初の妊娠で流産をしてから自分を責めてしまい、心を病んでほとんどひきこもりのような生活を続けた30代。

 

40代目前の2011年「これではいけない、こんな自分でも何か社会と接点を持てる役割が欲しい」と一念発起したのが『占いサロン数のものがたり』です。自宅をサロンにして細々と始めた占いでしたが「よく当たる」との嬉しい噂が瞬く間に広がり、遠方からの来店予約も入るようになり、土日は一日中占っているという日も出てきました。

 

専業主婦を望んでいた夫からすると、妻が急に活躍を始めたことも歪の原因となったのでしょう。40代を目前に離婚騒動。家を飛び出して東京へ移住してきたのが数年前なのです。

 

話を戻しましょう。多くの人が他人には簡単に説明できない背景を持っているのです。でも逃げたらそこで終わりです。仮に見えない傷を背負っていながらも、それをはねのけて前進を続けるからこその明るさや活躍なのだと私は思います。

 

苦しい時は誰にだってあります。でもどんな関係であれ支えてくれる人はいるものです。あまり一人きりで悩み苦しまないことは本当に大切だと思います。

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2018/8/
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